3月11日に想いを寄せて

思い起こせばもう4年。

 

弁護士過疎地でがんばりたいと思って、いろいろな縁から、2009年1月に弁護士1年目で南相馬にて独立開業して3年目のことでした。
多分これほどに色々と悩まされた出来事は過去になかったでしょうし、人生においても大きな転機だったに違いありません。
妻も震災後に生まれた子どもにとっても間違いなく大きな転機でした。
東日本大震災と原発事故でもって多くの尊い命が失われた中で、たまたま生き残った者として、現地に住む弁護士として、被災者のために何ができるかを模索しながら仕事をしてきたように思います。

 

また、縁あって、2009年に入会させていただいた原町JCを通じ、この地に住む青年の責務として、復旧復興をはじめ地域のためになりたいと思い、震災と原発事故後に全国各地から温かいご支援とご協力を戴き、2014年に理事長職を務めさせていただことは、自分自身にとってかけがえのないことでした。

 

今後、営業損害の報道でも分かるとおり、東電も政府も、賠償を制限し、やがてはストップさせてくるでしょう。全くケースが異なるにもかかわらず、公共用地の取得に関する補償基準以上に支出したことを理由として。
それによって、生活が成り立たない被災者の方が多く出てくるでしょう。
また、事業が成り立たない業者や企業も出てくるでしょう。
ただでさえ地域コミュニティの崩壊だけでも甚大な被害であるにもかかわらず、賠償という金の問題が、そのコミュニティ内の格差による軋轢をはじめ、家族親戚内でのトラブルを生じさせます。

 

そのような中で、被災地の弁護士として、今後どのように太刀打ちするかが問われるときだと思います。

震災と原発事故から5年目を迎えるに当たって、覚悟を新たに自らの命を用いてがんばりたいと思います。

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